東京地方裁判所 平成11年(行ウ)109号 判決 2000年2月24日
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告
被告が、平成八年三月二五日に、原告の平成七年一一月七日の特定求職者雇用開発助成金支給申請に対してした、右申請書を受理しない旨の処分を取り消す。
二 被告
(本案前)
主文第一項と同旨
(本案)
原告の請求を棄却する。
第二事案の概要
本件は、コンビニエンス・ストア等を業とする会社である原告が、特定求職者雇用開発助成金の対象者を雇用し、被告に対し、右の者に係る特定求職者雇用開発助成金の支給を受けるための申請をしたところ、被告が、出勤簿及び賃金台帳の原本の提出がなく、また、その提出の指示に従わなかったとして、右申請書を受理せず、これを原告に返却したため、右受理をしない旨の措置の取消しを求めるものである。
一 関係法令の定め
1 雇用保険法(以下「法」という。)六二条一項は、雇用安定事業の一環として、高齢者の雇用の安定を図るために、事業者に対して必要な助成及び援助を行うこと(二号)及び就職が特に困難な者の雇入れの促進その他被保険者等の雇用の安定を図るために必要な事業で労働省令で定めるものを行うこと(四号)ができる旨規定し、同条二項は、右の事業の実施に関して必要な基準は、労働省令で定める旨規定している。
2 これを受けて、雇用保険法施行規則(以下「施行規則」という。)一〇九条は、法六二条一項二号及び四号の事業として特定求職者雇用開発助成金(以下「雇用助成金」という。)を支給する旨を規定し、さらに、施行規則一一〇条は、雇用助成金の受給資格(一項)並びに給付金額(二項及び三項)について、それぞれ概括的な要件を規定している。
3 そして、昭和五六年六月八日付け職発第三二〇号・訓発第一二四号各都道府県知事あて労働省職業安定局長・同省職業訓練局長通達(以下「本件通達」という。)により、特定求職者雇用開発助成金支給要領が定められ、右支給要領に雇用助成金の具体的な受給資格、支給金額、支給手続等が規定されている。なお、原告の雇用助成金の支給申請書が返却された平成八年三月当時は、平成六年二月九日職発第五七号各都道府県知事あて労働省職業安定局長通達によって一部改正された後の本件通達に基づく運用がされていた。
二 争いのない事実
1 原告は、コンビニエンス・ストア等を業とする会社であり、江東区α―一八―一〇において、ミニストップα丁目店を経営している。
2 原告は、平成六年九月一六日、雇用助成金の対象者である母子家庭のAを右ミニストップに雇用した。
3 原告は、平成七年一一月八日、被告に対し、郵送で、Aに係る法六二条一項四号、施行規則一一〇条に基づく雇用助成金の支給を受けるための申請(以下「本件申請」という。)をした。
4 被告は、平成八年三月二五日、Aの出勤簿及び賃金台帳の原本の提出がなく、また、その提出の求めに応じなかったとの理由で、本件申請書を受理せず、これを原告に返却した(以下、この措置を「本件不受理措置」という。)。
三 本件不受理措置について原告の主張する違法事由
施行規則一一〇条一項三号において、雇用助成金の支給を受ける事業主の要件として、「当該事業所の労働者の離職状況及び第一号の雇入れに係る者に対する賃金の支払の状況を明らかにする書類を整備している事業主であること」が掲げられている。被告は、この確認のために、Aにかかる出勤簿及び賃金台帳の原本の提出を求めた。
しかし、施行規則には、事業者の要件が記載されているだけで、書類を整備しているか否かの確認をどのようにするかの規定は存しない。被告は、一定の要件を備えた事業主でなければ、雇用助成金を支給してはならないから、その要件を具備しているかどうかを確認することは被告の義務である。
被告は、書類具備確認の簡便な方法として、事業主から出勤簿、賃金台帳の原本を提出させているものと考えられるが、コピー技術が発達している今日、原本を提出させる必要はない。現に、自動車損害賠償保障法施行規則一条の二第一号では、自動車損害賠償保障法九条一項ただし書で定める方法として、複写機を用いて自動車損害賠償責任保険証書を複写する方法が規定されている。また、原本を提出するには、その原本を被告に持参しなければならないため、事業主に過分の時間と費用を使わせることになるが、このことは、福祉の観点から雇用助成金を支給することを使命とする施行規則の予想していない事態である。
以上のとおり、書類の具備を確認するための簡便な方法として、出勤簿や賃金台帳を提出させるにしても、事業主に原本を提出させる必要はなく、複写の正確性にかんがみ、その写しの提出で足りるものというべきである。
したがって、原告が出勤簿及び賃金台帳の原本を提出せず、また、その提出の指示にも従わないことを理由にしてされた本件不受理措置は違法であり、同措置は取り消されるべきである。
四 本件の争点
本件の争点は、本件不受理措置の取消しを求める訴えが適法か否かであり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。
(被告の主張)
私人の補助金等の給付申請を不受理とする行政庁の措置について、申請に対する拒否処分があったものとして処分性が認められる余地があるとしても、本件不受理措置については、以下に述べるとおり、その申請の対象である雇用助成金の支給ないし不支給に係る行政庁の措置に処分性が認められない以上、これに処分性が認められる余地はないから、本件訴えは不適法である。
1 行政事件訴訟法三条二項において、処分の取消しの訴えの対象として規定されている「処分」とは、行政庁が、法の認めた優越的地位に基づき、公権力の行使として行う行為であって、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。
ところで、非権力的な給付行政の分野における補助金、助成金等の支給関係は、支給申請者の申込みに対する行政庁の承諾により成立する契約関係であるのが原則であるから、補助金等の支給ないし不支給に係る行政庁の措置は、一般には、公権力の行使としての性格も認められないし、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものともいえないので、処分性は認められないというべきであり、かかる行政庁の措置について処分性があるといえるためには、立法政策として、一定の者に補助金等の支給を受ける権利を与えるとともに、支給申請及びこれに対する支給決定という手続によって行政庁に申請者の権利の存否を判断させることとした場合など、法令が特に補助金等の支給ないし不支給に係る行政庁の措置に処分性を与えたものと認められる場合でなければならない。
そして、法治主義の原則の要請から、右の法令には、形式的意味の法律のみならず条例等法律に準ずるものが含まれるが、行政庁が自らの内部規則として制定した規則は、これが補助金等の支給ないし不支給に係る措置に処分性を認めることを前提とした法律ないし条例等の委任を受け、その法律ないし条例等と一体として処分性を付与していると認められない限り、右の法令に含まれないと解するのが相当である。
2 そこで、かかる観点から検討するに、前記第二の一に記載のとおり、法は、高齢者等就職が特に困難な者の雇用の安定を図るために「必要な助成及び援助」あるいは「必要な事業で労働省令で定めるもの」を行うことができる旨を規定しているだけであって、その具体的内容については何ら規定しておらず、施行規則において初めて、雇用助成金の支給制度が規定されるとともに、事業主の受給資格及び給付金額に関する概括的な要件が記載されているのであり、具体的な受給資格、支給金額、支給手続等は、本件通達において定められている。
そうすると、法には、雇用助成金の支給制度について何らの規定も置かれておらず、雇用助成金の支給ないし不支給に係る行政庁の措置に処分性を認める趣旨の規定は全く存しないことが明らかであるし、法が労働省令に委任している事項も、法所定の事業以外の雇用安定事業の種類及び雇用安定事業の実施に関する基準にすぎないのであって、雇用安定事業として一定の事業を行うことを前提としてその具体的内容や手続等を委任しているわけではないから、法と施行規則が一体となって雇用助成金の支給ないし不支給に係る行政庁の措置に処分性を付与しているものとみる余地もない。
したがって、雇用助成金の支給制度は、行政庁で内部的に雇用安定事業の内容を定めた施行規則と、施行規則の規定を受けて雇用助成金の支給につき適正な事務処理がされるよう手続の細則を示達した本件通達とによって、創設的に規定されたものというべきである。そして、かかる施行規則及び本件通達によって、雇用助成金の支給ないし不支給に係る行政庁の措置に処分性が付与されるものではないことは、前記1に述べたとおりである。
3 以上によれば、雇用助成金の支給ないし不支給に係る行政庁の措置の一環である本件不受理措置が、処分の取消しの訴えの対象たる処分性を有しないことは明らかであって、本件不受理措置の取消しを求める本件訴えは不適法である。
(原告の主張)
本件訴えが不適法であるとの被告の主張は争う。
第三当裁判所の判断
一 私人からの特定の給付の申請に対し、法令において行政庁が一定の処分をなすことが予定されている場合において、行政庁が右申請を受理しない措置をとったときには、右の申請及び処分の根拠となる法規に、申請手続に瑕疵がある場合には行政庁においてこれを不受理とすることができる旨が規定されている場合は格別、そうでない限り、当該行政庁は右不受理の措置により右申請に対する拒否処分をしたものと解するのが相当である。これに対し、法令に右申請に対する不受理に関する定めがなく、右申請に対し行政庁が一定の処分をなすことも予定されていない場合には、右申請を不受理とする行政庁の措置は単なる事実上の行為であって、抗告訴訟の対象にはなり得ないもの解される。
これを本件についてみるに、雇用助成金の申請手続に瑕疵がある場合には公共職業安定所長においてこれを不受理とすることができる旨を定めた法令の規定は存しないから、仮に右申請に対し同所長が一定の処分をなすことが予定されているとした場合には、本件不受理措置は本件申請に対する拒否処分に当たるが、右申請に対し行政庁が一定の処分をなすことが予定されていない場合には、本件不受理措置は単なる事実上の行為であって、抗告訴訟の対象にはなり得ないものというべきである。
二 そこで、雇用助成金の申請に対する支給・不支給の決定が行政事件訴訟法三条二項に抗告訴訟の対象として規定されている「行政庁の処分」に該当するか否かについて検討するに、右の「行政庁の処分」とは、行政庁が、法の認めた優越的地位に基づき、公権力の行使として行う行為であって、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものと解される。
ところで、非権力的な給付行政の分野における補助金や助成金の支給関係は、支給申請者の申込に対する行政庁の承諾により成立する契約関係であるのが原則であるから、その場合の行政庁の行為は、公権力の行使としての性格も認められないし、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものともいえないので、取消訴訟の対象となる処分には該当しないというべきである。もっとも、このような非権力的な給付行政の分野においても、立法政策として、一定の者に補助金等を給付する要件を定めるとともに、支給申請及びこれに対する支給・不支給決定という手続により、行政庁に申請者の受給権の存否を判断させることとした場合など、法令が特に補助金等の支給・不支給決定に処分性を与えたものと認められる場合には、補助金等の支給・不支給決定は、取消訴訟の対象となる処分に該当するが、法律や条例の委任がなく、単に行政庁の内部の規則だけで補助金の交付・不交付の決定に処分性を付与することはできないものと解される。
三 そこで、このような観点から本件の雇用助成金についての関係法規を検討する。
雇用助成金の支給制度の創設、仕組みは、前記第二の一に記載のとおりである。
すなわち、法は、高齢者等就職が特に困難な者の雇用の安定を図るために「必要な助成及び援助を行うこと」ができる旨あるいは「労働省令で定めるものを行う」ことができる旨規定しているだけであって、その「助成及び援助」あるいは「労働省令で定めるもの」の具体的内容については何ら規定しておらず、施行規則において、はじめて、雇用助成金の制度が規定されるとともに、雇用助成金を受給することのできる事業主の受給資格及び支給額について概括的に規定され、さらに、具体的な支給要件、支給手続、支給金額等は本件通達において定められているのである。
右のとおり、法が、一定の者に雇用助成金を給付する要件を定めるとともに、支給申請及びこれに対する支給・不支給決定という手続により、行政庁に申請者の受給権の存否を判断させる仕組みをとっていないことは明らかであり、雇用助成金の支給制度は、行政庁で内部的に雇用安定事業の内容を定めた施行規則及び施行規則の規定を受けて雇用助成金の支給に当たって適正な事務処理がなされるよう手続の細則を示達した本件通達により創設的に規定されたものと解するほかはない。そして、右のような規則及び本件通達によって、雇用助成金の支給・不支給決定に処分性が付与されるものでないことは前記一において説示したとおりである。
以上によれば、雇用助成金の申請に対してされる雇用助成金の支給・不支給決定は抗告訴訟の対象たる「行政庁の処分」には該当しないから、本件不受理措置は抗告訴訟の対象にはなり得ないというべきである。
第四結論
よって、本件訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡)